ある男の雑記・日記・気になること

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東日本大震災の時に大阪で自分の無力さを経験し人生観が変わった話

time 2016/07/25

東日本大震災の時に大阪で自分の無力さを経験し人生観が変わった話

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東日本大震災発生時に大阪にいた

 

東日本大震災のときに大阪にいました。 東日本大震災のとき、長周期震動が大阪でも体感されました。 最初地震とはわからず、酔ったのかと思いました。

数時間以上揺れていたので、気持ち悪くなって部屋で寝ていました。 そのうちにテレビを見ていると津波や火災が報道されて地震だと認識しました。

この大震災を機に日本は大きく時代が変わったのだと今では感じています。

 

ツイッターで震災の事が話題なるがリアリティがない現実

 

ツイッターなどで大震災の対応や原発のことが盛んに話題とされて、結局は、実際に被災していないわたしのような人間が地震のことをいくら話題としたところどうしようもないという現実も感じたのです。

乏しい食料を分けあったり、命の危険にさらされたり、実際に災害ボランティアに行った人間の行動や語ることほどにはリアリティもないのであると思い知りました。

 

地震を目の前にして傍観者でしかなかった自分

 

当事者ではなく傍観者として居ていくら、節電だとか、放射性物質がと言ったところで、命が戻るわけでもなく、騒いで余計なことになっていると分かってから、地震や原発のことを話題にしなくなっていく自分を実感していきました。

脱原発と言いながら異性を求めている人々の様子を見ていると、そういうことですら都合の良い口実でしかないということに実に反感を持ちました。

指だけ支援という言葉を知り、ネットで言い散らすことだけで実際の切迫した状況を手助けするその連絡のラインの一つとしても機能していたかどうかも、今となっては判然としません。

 

ネットで発揮された大震災への感情共有

 

ただ、同時代に大災害が起きてみなどうしよう、命危うくなったり食べものがなくなったらどうしようという切迫した命の叫びを分かち合うということがネットの存在の意義であったように感じます。

ひたひたと寄せてくる不安や恐怖を乗り越えるには仲間がどうしても必要で、その意味はさすがにネットでそういう一種の感情共有ができた事実を得たことでした。

 

大震災で変わった人生観

 

自分の命や家族や友達、仲間が無事であれば、それ以外のことは本当にどうでもよくなっている自分がいることに気が付いて、災害で死んでしまうかもしれないのに戦争とか本当に馬鹿らしい、そう思うようになりました。

大災害で人生観が変わってしまうとは本当に思ってもいませんでした。 毎日無事であることがいかにありがたく、代えがたい幸運であると思っていると、人や世の中に感謝しかなくなっていきました。

大災害で命はあっという間に失われ、戻りませんし、街も壊れます。そういうことがないということがいかに幸運かを噛み締めて毎日暮らしています。 命こそ宝であると実感することが毎日で思っていることです。

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(まとめ)

 

いかがでしたか?東日本大地震で日本は変わったように感じます。当たり前のことに感謝できる自分って持っているのでしょうか?

当たり前の生活や、当たり前の風景も、大きな災害が起きると一瞬で壊れてしまうのかも知れません。今回の東日本大地震を経験して、まずは、目の前にある守るべきものを大切にしようと感じたのでした。

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